創業者である鈴木作次郎は、どのような思いから愛知車輌(現・アイチコーポレーション)を創業したのか。そして、どのような功績を残してきたのかをご紹介します。

創業者 鈴木作次郎

「安全で快適な作業現場の創造」をめざして

創業者である鈴木作次郎は1916年に栃木県で誕生。幼い日、配電線の工事中に感電し、火の玉になって墜落してくる作業員の姿を目撃した鈴木。その体験が、「意識の原点」となります。戦争中には海外との機械力の差を痛感。戦後は進駐軍の多様な機械化車輌を目の当たりにする中で「これこそ日本の復興の主役になる」と確信します。しかし、日本の大手メーカーなどは手のかかる特装車などはあまり作ろうとはせず、機械化があまり進んでいきませんでした。そこで鈴木は、自ら建柱車を製作。自らの手で全国に売り込みました。その反響は大きく、「機械化車輌による作業の効率化、安全性の向上」という思いを強くし、やがて愛知車輌をスタートさせました。

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創業時の功績

特装車輌開発のパイオニアとして「建てる」「掘る」「昇る」「吊る」「運ぶ」といったあらゆる作業を機械化

「人力主体の作業を機械化することによって人の命を失わずにすむーー。これほど素晴らしく社会に役立つ価値ある仕事はない」という信念のもと、それまで人力で行っていたさまざまな作業を機械化。さまざまな業界において、常識を覆していきました。
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A型建柱車
創業第1号機でくろがね三輪車KY型(2t車)に建柱用クレーン装置を架装したもの。
クレーン機構の旋回方式は手動式だった。
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A型穴掘車
四輪シャシ(2t車)に架装したタワー方式で、ドリル推進は自重式、ドリル引き上げはウインチ巻取式だった。
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B型建柱車
クレーン機構に従来の機械式から初めて油圧式を採用したB型建柱車。これを機に普及していく油圧駆動方式の先駆車として画期的といえるものだった。1962年10月開発。
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ACD4E型穴掘建柱車
クレーンをはじめ、旋回機構やアウトリガーなどのすべてに油圧式を採用し、ユーザーから大好評を得たAC4型建柱車に穴掘装置をつけたベストセラー車。1966年6月開発。